耳の聞こえない子どもは、どのような世界を生きているのでしょうか。
聞こえ方や、手話・口話といったコミュニケーション手段、そしてその内面については、まだ十分に知られていないことが少なくありません。
この記事では、弁護士・公認心理師である筆者が、聞こえない子どもがこれまでにしてきた体験や、難聴そのものについての基礎知識、手話をはじめとするさまざまなコミュニケーション手段、そして難聴者が生きやすい社会のあり方について解説します。難聴のあるお子さんやご家族、当事者の方、教育・支援に関わる方はもちろん、聞こえない人の世界をこれから知りたいという方にも読んでいただきたい内容です。
聞こえない子どもは、どんな体験をしてきたのか

かつての口話中心教育で、聞こえない子どもが抱えてきた体験
先天性難聴の子どもは、出生1,000人当たり1~2人程度とされています。難聴には程度や種類に大きな幅があり、軽度から重度までさまざまです。
補聴器をつけたり、人工内耳を埋め込む手術を行ったりする方法がありますが、それでも、健聴者と全く同じように聞こえるわけではありません。
健聴者のなかで、手話ができる人は決して多くはありません。そのため、耳の聞こえない子ども(以下では、聞こえづらい子どもも含めて、「聞こえない子ども」といいます。)が将来、健聴者と十分にコミュニケーションがとれるようにと、まずは口話(読唇と発声によって声で会話する方法)を第一に習得させるべきであり、そのためにも手話からは遠ざけるべきだという方針の教育を受けてきた子どもたちがたくさんいました。手話を身につけさせると、口話を習得させる上で邪魔になるという考えからでした。
口話教育を受けた聞こえない子が、ろう学校ではなく通常学校に入学した後、先生の指示を聞き漏らしたり、理解できていなかったために、注意されたり、周囲から笑われたりしたという経験のある子は、少なくないようです。そうした経験から自尊心が傷ついたり、指示等を聞き漏らさないようにと、常時気が張っているため、疲労困憊してしまうこともあるでしょう。
また、周囲が楽しそうに笑っているときに、なぜみんなが笑っているのか本当は分からないのに、その場の雰囲気に合わせて自分も一緒に笑ってみたり、周りが手を挙げたときに、よくわからないまま、目立たないよう半分だけ手を挙げてみたり、そうした行動を重ねるうちに、他人も自分も欺いているかのような罪悪感にさいなまれることもあるかもしれません。

思春期になると、友達とも口話では十分に意思疎通ができず、耳の聞こえない子同士でもそれは同じで、親しい友達が作りにくかったりするため、孤独感に苦しんだりします。健聴者からは必要最低限のことを手短に説明されるだけで、その人の複雑な心情や考え等を聞いたことがなかったという人もいます。
ところが、大学等に入って、手話と出会うと、こんなにも他者の話が理解でき、同時に、自分の伝えたいことを十分に伝えられるのかと、衝撃を受けたという人が何人もいます。これまでは集中するから、音が言葉として部分的に理解できたのに、授業中に先生が何を話しているかについて、雑談も含めて視覚的にスーッと全部わかるというのです。
そして、なぜこれまで手話から遠ざけられてきたのかという疑問、大人への憤り、取り返しのつかない時間と後悔、いろんな感情があふれてくる中で、これからをどう生きるかという課題に向き合っていったようです。
これと似たような体験をしてきた人は案外多いようです。聞こえない子どもの体験については、末記の参考文献が事例も豊富で生き生きとリアルに記載されているので、ぜひ参考に読んでみて下さい。
現在の教育はどう変わってきているのか
現在では、手話に対して寛容な考えをもつ保護者が増えてきているようです。
もっとも、聞こえない子どもの教育については、補聴器や人工内耳を活用して音声言語の習得を重視する家庭、日本手話を重視する家庭、その双方を活用する家庭など、さまざまな考え方があります。
聞こえない子の教育を長年行ってきた私立のろう学校である明晴学園は、「まず手話を身につけ、音声語はその次の段階で考えるべき」という教育理念に基づいて日本手話を第一言語、書記日本語を第二言語とするバイリンガル・バイカルチュラルろう教育を実践しています。
初めから、手話も口話も同時に教えているという保護者もいることでしょう。
幼少期の教育における手話と口話についての考え方は一様ではありませんが、補聴器や人工内耳も活用しつつ、口話、手話、筆談、デジタル機器等の多様なコミュニケーション手段を子ども一人ひとりの発達や家庭の希望等に応じて組み合わせて活用できるように育てていこうという考え方が広まってきているようです。国の基本方針でも、音声、手話、文字等の言語・コミュニケーション手段について多様な選択肢を保障し、本人・家族の選択を尊重することが重視されています。

そもそも難聴とは何か|程度・種類・聞こえ方

難聴の程度
一般的には、平均聴力レベルが25㏈以上40㏈未満を「軽度難聴」、40㏈以上70㏈未満を「中等度難聴」、70㏈以上90㏈未満を「高度難聴」、90㏈以上を「重度難聴」といいます。
難聴の種類
外耳道から中耳まで(音の振動を伝える部分)に原因がある難聴を「伝音性難聴」、内耳から聴神経・中枢神経伝導路を経て大脳皮質聴覚野に達するまでの部分(音を感じる部分)に原因がある難聴を「感音性難聴」といいます。
感音性難聴の場合、補聴器で音の存在を感知できても、音が歪んでいたり、くぐもっていたりするため、50音のどれであるかを識別することが難しかったり、識別できても非常に疲れるといわれています。
聞こえ方
一定以上の小さい音が聞こえないというだけでなく、高い声が聞こえづらいという場合もあります。また、難聴の原因や状況によっては、その日の体調等によって聞こえにくさが変わることもあります。
聴覚障害児教育はどう変わってきたのか|口話から手話へ

1880年にミラノで開催された第2回ろう教育国際会議において、口話法を手話より優位とする決議がなされました。それ以降、欧米を中心に、口話教育が主流となっていきます。
日本でも大正末期から昭和初期にかけて口話法が急速に普及し、多くの聾学校で手話の使用が強く制限され、事実上禁止された学校もありました。読唇によって音声を読み取り、きれいな発声をし、口話力に基づいて書記日本語を習得し、健聴者とスムーズにコミュニケーションをとれるようになることが教育目標とされました。
戦後、しばらくして、手話の教育的意義が再評価されるようになり、教育現場への手話の導入が徐々に広がっていきました。それでもなお、口話教育が第一という風潮は長らく続いたようです。
近年では、手話言語条例(手話を言語として認め、手話による情報提供を保障するもの)を制定する自治体も増えてきて、手話教育を重視する学校や保護者も増えてきているようです。それを反映するように、令和7年(2025年)6月には「手話に関する施策の推進に関する法律」が成立・施行され、手話の習得・使用のための環境整備や、手話に関する国民の理解と関心の増進等に取り組むことが、国や地方公共団体の責務とされました。
手話とは|日本手話と日本語対応手話は何が違うのか

日本語対応手話
日本語対応手話は、日本語に手話記号を付けたものです。日本語の語順通り、文法通りに表現されます。
日本手話
日本手話は、日本語とは独立した言語であって、独自の文法構造をもちます。外国語のようなものといえます。日本手話では、手だけでなく、表情や体の動き(前傾姿勢など)も文法的意味をもちます。
日本手話と対応手話の比較
例えば、「生徒が違う席に座ってびっくりしました」という例文について、日本語対応手話と日本手話とでは、随分表現が違います。日本手話ではあっという間に表現が完了してしまいます。
疑問形についても、日本語対応手話だと、わざわざ手でそれを表現する必要がありますが、日本手話だと、眉の動きや視線、頭や上体の動きといった非手指動作が、疑問文を表す重要な文法標識となります。
日本手話はわかりやすくて、スーッと入ってくるとか、難しい内容は、日本語対応手話で理解するのは困難だけど、日本手話なら視覚的に理解できるという人もいます。
手話による高度な教育も行われている
アメリカには、ろう者の総合大学であるギャローデット大学があり、アメリカ手話と書記英語で授業がされています。
日本でも、筑波技術大学では、手話、文字情報、口話、視覚教材、板書等、様々な方法を用いて授業が行われています。
手話以外のコミュニケーション手段|口話・筆談・文字起こしアプリ

難聴者のコミュニケーション手段にはどんなものがあるか
難聴者のコミュニケーション手段としては、手話の他、口話、筆談、空書(紙やペンを使わずに、空中に指で文字を書く動作のこと)、キュードスピーチ(口の形から母音を読み取り、それと同時に、手の位置や形から子音を読み取れるようにすることで、発音を目で見えるように表現するコミュニケーション補助手段のこと)等があります。
近年では、音声を感知すると、自動で即時に文字起こししてくれるアプリを利用して、スマートフォンやタブレット等の画面上に音声を文字にして表示するという手段もあります。
聴覚口話法とその難しさ
聴覚口話法とは、補聴器や人工内耳を利用して残存聴力を生かしつつ、読唇と発声によって声で会話する方法をいいます。
読唇で相手の発声を読み取ろうとするのですが、例えば、「ウミ」と「クビ」等のように、口形が一緒である言葉も多いため、前後の文脈から推測せざるを得ません。推測が必要な言葉が多数出てくるときなど、難解なパズルのようだと言う人もいます。
また、三人以上の会話になると状況は大きく変わります。誰が話しているかが明確でない場合や、複数の発言が重なる場合、読唇は到底かないません。

例えば、難聴の医療従事者が症例検討会議に臨むとき、皆で大きなモニターに映るCT画像を眺めながら、それぞれが自由闊達に考えを述べたりするのですが、難聴の医療従事者は、画面を見る余裕もなく、とにかく口が動いている人を探して、読唇をせざるを得ません。健聴者は目でモニターから情報を得つつ、耳から他者の発言を聞くことが同時にできますが、難聴の人はこの同時並行は困難です。
学校現場では、教師が板書のために背を向けながら話すと、その間の発言は全く読み取れなくなります。後ろの席の子が発言する場合は、自席から後ろを振り返れば、口形が確認できるでしょうが、前の席の子が前を向いて発言すると、自席を立って発言者のさらに前まで行かなければ口形を確認できません。
さらに、マスク着用者が多い場合は、口元が見えないため、そもそも読唇ができません。新型コロナウイルス流行時や、医療現場等、状況によっては、マスクを外すことが困難なことがあります。口元部分のみが透明のフィルムになっていて、発話者の口形が見えるマスクも存在するようですが、一般には見かけないほど、普及していません。
筆談のメリットと限界
紙とペンがあれば、伝えたいことをお互いに書いて示すことでコミュニケーションがとれます。紙とペンがなくても、スマートフォン等があれば、文字を入力し、画面上に表示することで、同様のことができます。
しかし、音声によって会話することと比べると、スピードが圧倒的に違い、筆談は時間がかかってしまいます。
また、1対1の場面でなく、多数人で会話をしているときは、文字を入力して表示した画面を多数人に一度に見せることは困難かもしれません。そのため、画面を見た人に代読してもらう等の工夫が必要になってくるかもしれません。

キュードスピーチとは
口形が全く一緒の言葉でも、キュードスピーチで表現すれば、50音のどれに当たるかを比較的正確に伝達することができると思われます。
ただし、日本式のキュードスピーチは、主として母音の口形と子音を示す手指のキューを組み合わせて一つの音を視覚的に表すものです。手話のように独自の語彙・文法をもつ言語ではなく、音声日本語の音韻情報を視覚的に補助する方法です。
自動文字起こしアプリの便利さと課題
音声を感知すると、自動で即時に文字起こししてくれるアプリによって、スマートフォンやタブレット等の画面上に音声が文字で表示されるというのは、相手の発話内容を理解する上でとても便利です。
しかし、音をきちんと拾って、どの程度正確に表示してくれるかという性能の問題があります。例えば、比較的小さい声も拾ってくれるか、他の雑音を排除して、人の声だけを上手く識別してくれるか、多数人(距離が少し離れた人もいる)で会話する際にも、適切に表示されるか、という問題があります。
その他、実際に使ってみると、なぜか動かなくなったり、アプリが立ち上がるのに時間がかかったりという問題が発生することもあるようです。
また、発声が苦手な難聴者の場合は、自身の声やアプリ以外の手段で相手に伝える必要があるかもしれません。

聞こえない人は、どのように「考えて」いるのか|思考と言語

思考にはさまざまな形式がある
人がものを考えるときには、頭の中のことば(内言)、視覚的なイメージ、空間的な表象など、さまざまな形式が用いられます。そのあり方には大きな個人差があり、「健聴者は音声で考え、ろう者は映像で考える」というように単純に二分することはできません。
音声言語を主に使用する人では、頭の中でことばを発するような「内言」が生じることがあります。もちろん、その際に視覚的なイメージが伴うこともあります。
手話と思考|「内的手話」とは
一方、手話を主要な言語として使用する人では、頭の中で手話を用いる「内的手話(inner signing)」がみられることがあります。手話は視覚的に表現される言語ですが、内的手話は単なる映像の想起ではなく、言語的な処理であると考えられています。
言語経験と思考の関係
ある程度の年齢になってから難聴になった人は、難聴になるまでの間に既に音声言語を習得しています。なので、日本語を母語として、音声のことばで考えることが出来ます。失聴後に日本手話を習得した場合に、どのような形式で考えられるようになるかは、人によって異なると考えられます。
他方、生まれたときから重度の難聴がある子どもでも、乳幼児期は言語発達に重要な時期であり、早期から補聴器や人工内耳等によって音声へのアクセスを確保し、適切な療育を行うことで、音声言語を習得する子どもはいます。ただし、その発達には難聴の原因、併存する障害、装用状況、家庭の言語環境等によって大きな個人差があります。また、日本手話を第一言語として育ち、書記日本語を第二言語として学ぶ子どももいます。どのような内言や思考の形式が生じるかは、難聴になった時期だけでなく、幼少期からどの言語に十分アクセスできたか、その後の言語経験や教育歴、個人差などにも左右されると考えられます。
難聴者が生きやすい社会をつくるために

よりよい補聴器の開発への期待
補聴器を装用することによって、何㏈以上の音を感知できるようになるかは、難聴の種類や程度の他、個人差もありますし、体調によっても変わってきます。
補聴器の種類によって性能や装用感も異なってきますし、補聴器との相性や慣れもありますが、従来、補聴器をつけると、エアコンの音やパソコンの音等の日常生活における機械音まで大きく頭に響いたり、長時間つけると体調が悪くなるという声もありました。また、前方の音は聞こえやすいけれども、後方の音は感知しにくいという声もありました。もっとも、これは会話補助のために前方の音声を聞き取りやすくする指向性マイクの機能による場合もあります。
補聴器技術の進歩によって、雑音の抑制、特定方向からの音声の聞き取り、装用時の快適性などが今後さらに改善する可能性があります。一方、感音難聴では、内耳や聴覚神経系の機能低下によって音質の劣化や語音の聞き分けにくさが生じるため、補聴器によって健聴者と全く同じ聞こえを再現できるわけではありません。それでも、技術の進歩によって難聴者が利用できる聴覚情報を増やし、生活上の困難を軽減できる可能性があります。よりよい補聴器の開発は、難聴者の生活を大きく変える可能性を秘めています。

手話の保障と、難聴者の世界を知ること
ただ、現在のところ、補聴器や人工内耳は万能というわけではありません。そのため、補聴器等を積極的に活用しつつ、聞こえない子が手話という視覚的な話ことばに出会える機会を提供し、また、様々な工夫を凝らして、健聴者が大多数を占める社会において、難聴者がより快適に暮らしていけるような社会をつくっていくことが大切です。そのためにも、健聴者が難聴者の生きている世界を知ることが第一歩だと思われます。
・河﨑佳子(2004).きこえない子の心・ことば・家族―聴覚障害者カウンセリングの現場から.明石書店.
・河﨑佳子・若狭妙子(2013).特別支援教育②―聴覚障害児教育と心理支援.村瀬嘉代子・森岡正芳(編).実践領域に学ぶ臨床心理ケーススタディ.臨床心理学増刊第5号.金剛出版.
執筆
武田 和也
平野うりわり法律事務所&心理カウンセリングオフィス。
弁護士・公認心理師。
【略歴】
京都大学大学院教育学研究科修了。京都大学法科大学院修了。
2022年、弁護士登録。大阪市内の法律事務所にて勤務。2024年~現在、公立高等学校スクールカウンセラー。2024年、平野うりわり法律事務所&心理カウンセリングオフィス開設。
監修
小島 敬史
立川駅前おといろ耳鼻咽喉科 院長。日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会認定 補聴器相談医。補聴器適合判定医師研修会 修了。
全例で補聴器適合検査を行い、補聴器の処方についても自ら特性図・適合検査結果を確認、調整の指示を行っている。
【略歴】
2006年、慶應義塾大学医学部卒。臨床研修修了後、2008年より同大学耳鼻咽喉科学教室へ所属。日本耳鼻咽喉科学会専門医、指導医取得。耳科、聴覚を専門とし、臨床研究や基礎研究に従事する。2018年から2020年、米国ノースウェスタン大学耳鼻咽喉科頭頸部外科でポストドクトラルフェローとして先天性難聴の蛋白機能解析に関する基礎研究に従事。2013年慶應義塾大学病院耳鼻咽喉科で難聴・耳鳴外来を担当。宇都宮方式での補聴器処方を学ぶ。
江崎 優
聞こえと暮らし研究所 所長。認定補聴器技能者。
大手補聴器メーカーで長年、全国の販売店延べ数百店舗の技術指導・接客サポート・調整サポートに従事。現在はフジ医療器(補聴器事業部)に所属。メーカー・販売店の両視点を持つ「作る側と売る側、両方を知る専門家」。
その経験から、消費者が信頼できる情報源の必要性を感じ、当研究所を創設。全国での講演実績多数。