難聴のある方と接するとき、「同じことを何度も言わないと伝わらない」「会話を避けられている気がする」などの理由で、戸惑いを感じることもあるでしょう。こうした悩みは家族との会話だけでなく、職場や外出先など、さまざまな場面で経験するものです。
難聴のある方と円滑にコミュニケーションをとるためには、相手の状況や聞こえ方の仕組みを理解し、それぞれの場面に合わせた工夫や配慮が必要です。
この記事では、聞こえの仕組みや接し方のポイントを解説します。難聴のある方とのコミュニケーションに悩みや不安を感じている方は、ぜひ参考にしてください。
なぜ難聴のある方は聞き返しが増えるのか

難聴とは、音を伝える外耳や中耳、または音を感じ取る内耳や神経のいずれかに問題が生じ、音が脳に届きにくくなる状態を指します。
難聴は、原因となる部位によって次の2種類に大別されます。
- 感音難聴:内耳・神経・脳に原因がある難聴
- 伝音難聴:外耳・中耳に原因がある難聴
このうち、加齢とともに起こる難聴(加齢性難聴)の多くは感音難聴です。感音難聴の主な原因は、加齢や騒音による内耳の有毛細胞(音を電気信号に変える細胞)の損傷と考えられています。
一方、伝音難聴は、何らかの障害により内耳の有毛細胞に音が届くのが妨げられている場合に起こります。その多くの原因は、外耳道、鼓膜、または中耳にあります。
難聴のある方が聞こえにくい音

出典:https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8315603/ を参考に作成
加齢性難聴では、まず高い周波数帯の音から聞こえにくくなる傾向があります。具体的には、さ行・か行が聞き取りにくくなると言われています。
一方で、母音はある程度聞き取ることが可能です。これにより、「音は聞こえているのに、言葉として理解できない」という状態が起こるのです。
例えば「佐藤さんが来た」という言葉であれば、「あおうあんがいた」のように、子音がぼやけて聞こえます。さらに、周囲の音が大きい場所や複数人での会話では、声を聞き分けることがより難しくなります。
聞き返すことによる負担
難聴のある方にとって、何度も聞き返すことは精神的な負担となります。もう一度言い直してもらったり、話の内容を推測したりする対応を重ねるうちに、「周囲に迷惑をかけている」「会話についていけない」という感覚はさらに強まるでしょう。
こうした負担は行動面にも影響し、次のような変化として現れることもあります。
- 聞こえていなくても笑ってうなずく
- 会話の場から離れていく
- 外出や電話を避ける
また、難聴は集団からの孤立や社会参加の減少にもつながりかねません。WHO(世界保健機関)によると、難聴は社会的孤立を招く一因であり、認知機能低下のリスク因子になると指摘されています。
耳の悩みを抱えている方と接するときは、聞き返すことを責めたり、負担を軽く見たりしないよう注意しましょう。

難聴のある方への接し方5つのポイント

ここでは、日常生活で取り入れやすい、難聴のある方への接し方を5つ紹介します。これらを知ることで、会話のすれ違いを減らしやすくなり、お互いに無理のないコミュニケーションが取れるようになるでしょう。
静かな環境で話す
難聴のある方と話すときは、まず静かな環境を整えることが重要です。周囲に複数の音があると、お互いの言葉が聞き取りづらくなり、内容が正しく伝わらないことがあります。
例えば、テレビや掃除機、音楽(BGM)などをいったん止めるだけでも、会話が聞き取りやすくなります。それが難しい場合は、静かな部屋に場所を移すことも効果的です。
聞き取りやすさには、「雑音と話し声の音量差(SNR:信号対雑音比)」という指標があります。SNRは話し声と周囲の雑音との音量の差を表し、この差が大きいほど、聞き取りやすくなります。
なお、大きな声を出すと、不快に感じられることもあるため、声量を上げるのではなく、静かな環境を整えることを意識しましょう。
視界に入って話しかける
耳の問題を抱える方に話しかけるときは、相手の正面や視界に入る位置から声をかけることが重要です。背中越しや別の部屋からの呼びかけは、相手が気づかない可能性があります。
会話を始めるときは、次のような工夫を取り入れると、相手に注意を向けてもらいやすくなります。
- 軽く肩に触れる
- 手を振る
- 名前を呼んでから本題に入る
相手が片耳の聴力に不自由を抱えている場合は、聞こえやすい側から声をかけるなどの配慮も大切です。
また、相手の視界に入って話しかけると、口の動きや表情から言葉を読み取りやすくなります。聴覚だけでは受け取れない視覚情報を補えるため、相手の理解を助けます。
ゆっくりはっきりとした声で話す
相手に伝わりやすく話すためには、声の大きさを上げるのではなく、「ゆっくり・はっきり・短く区切って」話すことが効果的です。
話し始めるときは、まず要点を先に伝えると、相手がその後の内容を予想しやすくなります。話題が変わる場面では「次は〇〇の話ですが」のように一言添えると、相手が話の流れをつかみやすくなるでしょう。
ただし、必要以上に声を大きくすると、逆に聞き取りにくくなることもあるため注意しましょう。声量を上げるのではなく、はっきりとした発音で、ゆっくり話しかけることが大切です。

内容を具体的に確認する
会話の最後には、内容を具体的に確認することで、認識のずれを防げます。
例えば、「わかりましたか?」「いいですか?」のようにイエスかノーで答えられる質問をすると、相手はつい反射的にうなずいてしまうことがあります。
そこで、「明日の集合は何時だったか覚えていますか?」のように、本人から大事なポイントを聞き出すように質問するのが効果的です。「明日の集合時間について、私からお伝えしましたか?」と軽く投げかけるくらいのトーンだと、応じやすくなるでしょう。
身振り・手振りを使う
伝達の精度を高めるには、言葉だけでなく視覚情報を組み合わせることが有効です。
指さしや表情、ジェスチャーを言葉と一緒に使うと、相手も会話を理解するための手がかりが増えます。例えば、「あそこ」「これ」のように言葉だけでは伝わりにくい場面でも、指さしを加えると意図が伝わりやすくなります。
また、騒がしい場所では、筆談ボードやメモ、スマートフォンの画面を使うとよいでしょう。近年は音声認識アプリの精度も向上しており、声が届きにくい場面での補助として役立ちます。

シーン別:難聴のある方の聞こえ方と接し方の工夫

難聴のある方と円滑なコミュニケーションを図るには、生活の場面ごとに異なる聞こえ方や困りごとを把握し、その状況に応じた配慮が欠かせません。ここでは、具体的なシーン別に、難聴のある方の聞こえ方の違いや周囲ができる配慮を紹介します。
家庭
家庭でも状況によっては会話が聞き取りにくくなります。例えば食卓では、複数人が同時に話したり食器の音が混じったりして、注意が分散しやすくなります。
また、テレビや洗濯機などの背景音や、別の部屋からの呼びかけでは、言葉がはっきり聞こえないこともあるでしょう。こうした課題を解決するには、次のような工夫が有効です。
- 静かな環境を整える
- なるべく1対1で話すことを意識する
- 相手の名前を呼んでから話す
ちょっとした工夫を重ねることで、「話しかけたのに返事がない」といった、家族間のすれ違いを減らせます。
仕事・職場
仕事や職場で難聴のある方と関わる際には、聴覚情報を補う工夫を取り入れてみましょう。
職場では、口頭での指示や会議、Web会議、対面応対など、さまざまな場面があります。特に、マスク越しの会話やWeb会議では、音質の問題で子音が聞き取りづらくなり、内容が伝わりにくくなります。
対策としては、口頭で伝えた内容をチャットやメールで記録したり、議事録を共有したりすることが効果的です。また、Web会議では音声認識を利用した文字起こしツールを併用するのもよいでしょう。

外出先
外出先で難聴のある方と接する場合は、応対する人や同伴者が配慮すると、やり取りがスムーズになります。
例えば、スーパーのレジや駅の窓口、病院や薬局のカウンターでは、周囲の音や情報が多く、聞き取りづらくなることがあります。さらに、アクリル板越しの会話やマスク着用、小声などの要素が重なると、言葉はほとんど届きません。
応対する人は、ゆっくりはっきり話したり、要点を紙やディスプレイに書いて見せたりすると、相手に内容が伝わりやすくなります。
同伴者がいる場合は、耳元で内容を伝え直したり、応対する人に「耳が少し聞こえにくいので、ゆっくり話していただけますか」と伝えたりすると、会話が進めやすくなります。
電話・音声通話
電話によるコミュニケーションは視覚情報を活用できないため、難聴のある方にとって特に難しい場面の一つです。
会話が難しい場合は、無理に電話を続けずに、状況に応じて連絡手段を変更しましょう。例えば、LINEなどのビデオ通話を利用したり、大事な内容はメッセージでやり取りしたりするとよいでしょう。
近年では話した内容をリアルタイムで文字に変換して表示する電話アプリも広まっています。さらに、聴覚障害のある方と聞こえる方の会話を、専門のオペレーターが仲介してサポートする電話リレーサービスの利用も、選択肢のひとつです。

難聴のある方と接するときのポイント

難聴のある方と円滑にコミュニケーションをとるには、日々の工夫だけでなく、長期的な関係を築くことも大切です。
相手が安心して会話できる関係ができると、自然に話しやすい雰囲気が生まれます。ここでは、長く付き合っていくうえで意識したい3つのポイントを紹介します。
難聴の程度や種類は人によって異なる
難聴といっても、感音難聴や伝音難聴などの種類があります。また、両耳なのか片耳なのか、あるいは軽度か高度かなど、状況によって適切な対応方法は人それぞれ異なります。
例えば、右耳が聞こえにくい場合は、左側から話しかけるほうが伝わりやすいでしょう。そのため、誰にでも同じ工夫をそのまま当てはめるのではなく、まずは相手の聞こえ方や状態をしっかりと理解することが大切です。
もし状態を考慮せずに配慮だけを重ねてしまうと、本人にとってかえって居心地の悪さにつながることもあります。本人やかかりつけ医と相談しながら、その人に合った接し方を模索していきましょう。
コミュニケーションをとりやすい関係をつくる
難聴のある方は、聞き返すことに負担を感じやすいため、周囲の人が遠慮せずに聞き返せる雰囲気をつくることも大切です。聞き返しにくくなると、会話に加わるのをためらったり、外出を控えるなどの行動につながることもあります。
家族や周囲の人が、本人が気兼ねなく聞き返せる雰囲気を整えると、お互いに前向きなコミュニケーションをとりやすくなるでしょう。さらに、本人が苦手としている場面や「こうしてほしい」といった要望まで聞き出せると、その人に合った対処法を検討しやすくなります。
受診や補聴器もあわせて検討する
接し方を工夫しても、会話が大変だと感じる場面はあります。そのときは、耳鼻咽喉科の受診や補聴器の活用も選択肢の一つとして検討してみましょう。
本人にとって受診や補聴器は、心理的なハードルが高く感じられる場合もあります。しかし、聞こえやすい状態をつくることで、生活に対する満足度が上がる可能性もあります。
受診や補聴器の利用を検討する際は、十分に話し合い、本人が納得したうえで判断できるように進めましょう。

まとめ:聞こえの仕組みを理解して、接し方を工夫しよう

難聴のある方と接するときは、本人がどのような状況にあるのかを理解することが大切です。
例えば、加齢による難聴では、特に子音が聞き取りにくくなる傾向があります。また、難聴のある方にとっては、聞き返すことが心理的な負担になることも少なくありません。
こうした難聴の仕組みや心理的な負担を理解したうえで、本人に合った接し方を考えることが重要です。静かな環境を整える、視界に入って話しかける、ゆっくりはっきり話すなど、できることから少しずつ取り入れてみましょう
監修
小島 敬史
現国立病院機構栃木医療センター耳鼻咽喉科医長。
全例で補聴器適合検査を行い、補聴器の処方についても自ら特性図・適合検査結果を確認、調整の指示を行っている。
【略歴】
2006年、慶應義塾大学医学部卒。臨床研修修了後、2008年より同大学耳鼻咽喉科学教室へ所属。日本耳鼻咽喉科学会専門医、指導医取得。耳科、聴覚を専門とし、臨床研究や基礎研究に従事する。2018年から2020年、米国ノースウェスタン大学耳鼻咽喉科頭頸部外科でポストドクトラルフェローとして先天性難聴の蛋白機能解析に関する基礎研究に従事。2013年慶應義塾大学病院耳鼻咽喉科で難聴・耳鳴外来を担当。宇都宮方式での補聴器処方を学ぶ。
江崎 優
聞こえと暮らし研究所 所長。認定補聴器技能者。
大手補聴器メーカーで長年、全国の販売店延べ数百店舗の技術指導・接客サポート・調整サポートに従事。現在はフジ医療器(補聴器事業部)に所属。メーカー・販売店の両視点を持つ「作る側と売る側、両方を知る専門家」。
その経験から、消費者が信頼できる情報源の必要性を感じ、当研究所を創設。全国での講演実績多数。
執筆
聞こえと暮らし研究所 編集部
聞こえや難聴に関する正しい理解を広めるとともに、補聴器をはじめとする聴覚ケアの最新情報や、快適な聞こえを支える工夫を発信しています。日々の暮らしに寄り添う情報提供を通じて、聞こえに悩む方々の生活の質(QOL)向上に貢献していきます。