[5]補聴器の両耳装用を検討しよう!

現在、さまざまなタイプの補聴器が存在しています。技術の進歩により、小型で高性能な補聴器も数多く開発されています。そんななかで、補聴器を選ぶ際、「両耳に装用すべきか、片耳だけでも良いのか」という疑問をお持ちの方も多いのではないでしょうか。

補聴器選びで最も重要なのは、ご自身の聞こえの程度、ライフスタイル、好みに合ったものを見つけることです。特に両耳装用については、メリットとデメリットの両面を理解したうえで、適切な選択をすることが大切です。

本記事では、補聴器の両耳装用について、そのメリットとデメリット、そして最適な選択をするためのポイントを詳しく解説しています。それぞれの特徴を理解することで、あなたに最適な補聴器選びのお手伝いができれば幸いです。

1.両目とも近視なのに、片目だけメガネやコンタクトレンズを使う人はいない

視力が低下した際、両目とも近視なのに片目だけメガネをかける人はいません。当然のことながら、両目に視力の問題があれば、両目にメガネやコンタクトレンズを使用します。これは、両目で見ることによって距離感や奥行きを正確に把握でき、立体的に物を見ることができるからです。片目だけでは、階段の上り下りや車の運転など、日常生活に支障をきたしてしまいます。

実は、聞こえについても同じことが言えます。人間の耳は左右に2つあり、両方の耳から入ってくる音の情報を脳が統合することで、音の方向や距離を判断しています。これを「両耳効果」と呼びます。この自然な聞こえの仕組みを生かすためには、両耳に難聴がある場合、両耳に補聴器を装用することが理想的です。

しかし、「費用が2倍になる」「管理が大変そう」といった理由から、片耳だけの装用を検討される方も少なくありません。確かに両耳装用にはデメリットもありますが、メリットも非常に大きいもの。視力と聴力、どちらも私たちの生活の質を大きく左右する重要な感覚です。最適な選択をするために、まずは両耳装用について正しく理解しましょう。

2.補聴器の両耳装用とは

両耳装用の概要

両耳装用とは、文字通り、左右両方の耳に補聴器を装用することを指します。難聴は片耳だけに起こることもありますが、多くの場合、加齢性難聴※1では両耳の聞こえが低下します。本来、人間は両耳で音を聞くことで、音の方向や距離を正確に把握し、自然な聞こえを実現しています。

近年では技術の進歩により、両耳装用時には左右の補聴器が無線で連携し、音の処理や雑音抑制をより効果的に行う機能が充実してきました。この相互連携機能により、人工知能(AI)が周囲の音環境を自動的に分析し、最適な音質に調整する機能を搭載した製品も登場しています。

※1……加齢性難聴:年齢を重ねることによって徐々に聴力が低下する難聴。主に高音域から聞こえにくくなるのが特徴

両耳装用と片耳装用の違い

片耳だけに補聴器を装用する場合、その耳からの音情報だけが増幅されます。一方、両耳装用では、左右両方から音の情報が入ってくるため、脳が音を処理する際に「両耳加算効果※2」が得られます。これにより、音の明瞭度が向上し、よりクリアな聞こえが実現します。

また、両耳装用では左右の聴力差に合わせて、それぞれの補聴器を個別に調整できます。これにより、左右のバランスが取れた自然な聞こえを実現することが可能です。近年の研究では、両耳装用のほうが片耳装用よりも補聴器に対する満足度が高い※3という結果も報告されています。

※2……両耳加算効果:両耳で聞くことにより、脳が受け取る音の情報量が増え、片耳で聞くよりも音が大きく明瞭に聞こえる効果
※3……一般社団法人日本補聴器工業会「JapanTrak 2022 調査報告」より

3.両耳装用のメリット

両耳装用には多くのメリットがあります。

音の立体感と方向感覚が向上する

両耳装用の最も大きなメリットは、音の方向や距離が把握しやすくなることです。両耳で音を聞くことで、音の到達時間や音量の微妙な差を脳が認識し、音源の位置を特定します。これは日常生活において非常に重要な機能です。

例えば、横断歩道を渡る際に車が近づいてくる方向を瞬時に判断したり、賑やかな場所で話しかけられた際にどちらから声がしたのかを把握したりすることができます。また、お孫さんやペットがどこにいるのか、音で判断することも容易になります。こうした空間認識能力は、安全な生活を送るうえで欠かせません。

音の明瞭度と聞き取りやすさが向上する

両耳加算効果により、受け取る音の情報量が増加し、より鮮明な音声が聞き取れるようになります。特に騒がしい場所での会話において、この効果は顕著です。レストランや家族の集まりなど、複数の人が同時に話している環境でも、会話の内容を理解しやすくなります。

また、両耳装用では片耳装用に比べて、補聴器の音量を下げても十分な聞こえが得られます。これにより、過度な音量による不快感や疲労感を軽減できるとともに、より自然な音質で聞くことができます。聞き取りへの集中力も向上し、長時間の会話でも疲れにくくなるという利点もあります。

指向性マイクの効果が上がり、騒音下での会話がしやすくなる

現代の補聴器の多くは、指向性マイク※4機能を搭載しています。両耳装用の場合、左右の補聴器が連携して、より高度な指向性制御が可能になります。これにより、正面からの会話音を強調しながら、後方や側方からの雑音を抑制することができます。

街中の雑踏、レストランでの食事、電車やバスの中など、日常生活にはさまざまな騒音環境があります。両耳装用により、こうした環境下でも会話をより快適に楽しむことができるようになります。

※4……指向性マイク:方向性を持つマイク。特定の方向からの音を強調して集音し、他の方向からの音を抑制する機能

耳への負担が軽減し、聴覚機能の維持をはかることができる

片耳だけに補聴器を装用していると、その耳だけに聴覚処理の負担が集中します。一方、両耳装用では両方の耳と脳の聴覚処理能力を活用できるため、負担が分散されます。また、使わない耳の聴覚機能は徐々に低下する「聴覚剥奪※5」という現象が起こる可能性があります。

両耳装用により、左右両方の耳の聴覚機能を維持し、脳の音声分析能力の低下を防ぐことができます。これは長期的な視点で見ても、非常に重要なメリットと言えます。

※5……聴覚剥奪:補聴器を装用していない耳の聴覚機能が徐々に低下する現象。脳が音の情報を処理する能力が衰えることで起こる

4.両耳装用のデメリット

一見、良いことばかりのような両耳装用ですが、残念ながらデメリットもあります。

経済的な負担が大きくなる

両耳装用の最大のデメリットは、やはり費用面です。2台の補聴器を購入する必要があるため、初期費用は片耳装用の約2倍になります。

また、ランニングコストも考慮する必要があります。電池式の補聴器の場合、電池代が2倍になります。充電式の場合でも、将来的にバッテリー交換が必要になった際の費用は2台分必要です。修理やメンテナンスの費用も同様です。

管理の手間が増える

両耳装用の場合、毎日2台の補聴器を装着し、管理する必要があります。朝の装着、夜の取り外し、電池交換や充電、清掃など、日々の管理の手間が2倍になります。特に手先の細かい動作が苦手な方や、認知機能の低下が見られる方にとっては、この管理の手間を負担に感じる場合があります。

また、紛失のリスクも2倍になります。外出先で片方を置き忘れてしまったり、ペットや小さなお子さんがいるご家庭では、いたずらされる心配も2倍です。

閉塞感や違和感を覚える場合がある

両耳に補聴器を装用することで、耳が塞がれる感覚(閉塞感)を感じる方がいます。特に自分の声がこもって聞こえたり、響いて聞こえたりする違和感を「オクルージョン効果※6」と呼びます。特に、初めて補聴器を使用する方が両耳装用を行うと、違和感や疲労感を強く感じることがあります。

ただし、これらの違和感は適切な調整や慣れにより、多くの場合改善が可能です。現代の補聴器は、開放型装用(オープンフィッティング)※7という、耳の穴を完全に塞がない装用方法が可能なものもあり、閉塞感を大幅に軽減できます。

※6……オクルージョン効果:耳せんが外耳道を完全に塞ぐことで、自分の声の低音が鼓膜に直接伝わりにくくなり、耳の中で響いてこもって聞こえる現象
※7……開放型装用(オープンフィッティング):耳の穴を完全に塞がず、自然な音も同時に聞こえる装用方法。閉塞感が少なく、自分の声の響きも軽減される

適応までに時間がかかる場合がある

片耳装用に比べて、両耳装用では脳が新しい聞こえ方に適応するまでに時間がかかる場合があります。特にこれまで補聴器を使用したことがない方や、長年片耳だけで生活してきた方の場合、両耳からの豊富な音情報に脳が戸惑い、疲れを感じることがあります。

この適応期間には個人差がありますが、通常数週間から数カ月程度です。専門家のアドバイスを受けながら、段階的に装用時間を延ばしていくことで、スムーズに適応できるケースが多いです。

5.デメリットを減らし、メリットを享受するために

段階的に装用時間を延ばそう

初めて補聴器を使用する場合、まずは静かな環境で短時間から始め、徐々に装用時間を延ばしていきましょう。1日1〜2時間から始めて、1週間ごとに2〜3時間ずつ増やしていくのが理想的です。

また、認定補聴器技能者※8などの専門家による定期的なフィッティング(調整)を受けることが大切です。装用者の感想を細かく聞き取りながら、左右それぞれの補聴器の音量や音質を個別に調整し、バランスの取れた最適な聞こえを実現します。違和感や不快感があれば、我慢せずに必ず相談してください。

※8……認定補聴器技能者:公益財団法人テクノエイド協会が認定する、補聴器に関する専門的知識と技能を持つ国家資格者

試聴期間を有効活用しよう

多くの店舗や訪問サービスでは、購入前に実際の生活環境で補聴器を試すことができる「レンタル試聴サービス」を提供しています。この期間を活用して、両耳装用が本当に自分に合っているのかを確認しましょう。

試聴期間中は、さまざまな環境で補聴器を使用してみることが大切です。自宅での会話、テレビ視聴、外出時の買い物、レストランでの食事、趣味の活動など、日常生活の様々な場面で試してください。メリットとデメリットの両方を実際に体験することで、より納得のいく選択ができます。

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[4]補聴器を購入する前には、必ず試聴しよう!

適切な機種を選ぼう

閉塞感を軽減するためには、開放型装用が可能な小型耳かけ型補聴器(RIC)※9がオススメです。また、充電式の補聴器を選べば、電池交換の手間を大幅に減らすことができます。さらに、スマートフォンアプリで音量や音質を調整できる機種を選べば、より手軽に自分好みの設定にできます。

管理の手間を減らすためには、左右で異なる色の補聴器を選ぶという方法もあります。これにより、どちらが右耳用か左耳用かを一目で判別できます。また、補聴器専用の保管ケースや乾燥器を使用することで、紛失防止と衛生管理が容易になります。

※9……小型耳かけ型補聴器(RIC):本体を耳の後ろにかけ、レシーバー(スピーカー)部分を耳の穴に直接挿入するタイプの補聴器

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[2]補聴器の種類と特徴~あなたに最適な補聴器を見つけるために

家族のサポートと理解も重要

両耳装用を成功させるには、ご家族のサポートと理解も重要です。装着の手伝い、電池交換のサポート、定期的な清掃など、日々の管理をご家族が一緒に行うことで、装用者の負担を軽減できます。

また、補聴器を装用していても「はっきりと話しかける」「正面から話す」「騒音を減らす」など、家族が配慮することで、より快適なコミュニケーションが可能になります。

6.両耳装用が特にオススメな方

両耳とも同程度の難聴がある方

聴力検査の結果、左右の聴力差が少ない方(概ね15デシベル以内)は、両耳装用の効果を最大限に実感できます。バランスの取れた聞こえにより、自然な音の方向感覚や立体感が得られます。

アクティブな生活を送っている方

外出が多い方、趣味や社交活動を楽しむ方、仕事をされている方など、さまざまな環境で過ごす機会が多い方には、両耳装用が特にオススメです。騒がしい場所での会話、屋外での活動、複数人でのコミュニケーションなど、多様な場面で快適な聞こえを実現できます。

安全性を重視する方

車の運転をされる方、一人で外出される機会が多い方には、音の方向感覚を正確に把握できる両耳装用が安全面で大きなメリットとなります。接近する車や自転車、駅のアナウンス、信号の音など、安全に関わる音情報を的確にキャッチできます。

長期的な聴覚機能の維持を望む方

将来的にも良好な聞こえを維持したい方、認知機能の低下を予防したい方には、両耳装用がオススメです。両耳の聴覚機能を活用し続けることで、聴覚剥奪を防ぎ、脳の音声処理能力を維持できます。

まとめ:満足のいく補聴器選びのために

最も重要なのは、あなた自身の聞こえの程度、ライフスタイル、経済状況、そして何より「どのような聞こえを実現したいか」という希望を総合的に考慮して選択することです。両耳装用と片耳装用、どちらが正解ということではなく、あなたにとって最適な選択が正解なのです。

実際に試聴期間を活用して、ご自身の生活のなかで両耳装用のメリットとデメリットを体験してみることをオススメします。

一人で悩まず、まずは補聴器販売店で専門家に相談することから始めてください。より豊かなコミュニケーション、より安全で快適な日常生活、そして新しい聞こえの世界への第一歩を踏み出していただければ幸いです。

執筆

聞こえと暮らし研究所 編集部

聞こえや難聴に関する正しい理解を広めるとともに、補聴器をはじめとする聴覚ケアの最新情報や、快適な聞こえを支える工夫を発信しています。日々の暮らしに寄り添う情報提供を通じて、聞こえに悩む方々の生活の質(QOL)向上に貢献していきます。

執筆協力

横井 孝治

介護アドバイザー。All About【介護】ガイド。
長期にわたる両親の介護を通して身につけた有益な介護情報を発信・共有するため、2006年に株式会社コミュニケーターを設立。2007年に介護家族や介護予備軍向けの情報サイト「親ケア.com」をオープン。800回を超える講演活動のほか、各種メディアにも数多く登場。YouTube「親ケア.com【公式】チャンネル」は、登録者数2.9万人以上。

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