[1]補聴器を使う目的は?~より豊かな毎日を取り戻すために

年齢を重ねるにつれて、「テレビの音量を大きくするようになった」「家族との会話で聞き返すことが増えた」「電話の声が聞き取りにくくなった」など、聞こえに関する変化を感じる方は少なくありません。これは決して恥ずかしいことではなく、多くの方が経験する自然な変化です。

国立長寿医療研究センターの調査によると、聞こえの困りごとを抱えている人は65歳以上で急増。70代前半では男性の約5割、女性の約4割、70歳代後半では男女とも約7割※1となっています。しかし、「まだ大丈夫」「慣れれば何とかなる」と考えて、対策を先延ばしにしてしまう方も多いのが現状です。

補聴器は、単に音を大きくする道具ではありません。聞こえの改善を通じて、コミュニケーションの質を向上させ、日常生活をより豊かにするためのパートナーなのです。まずは、補聴器を使用する目的について、具体的に見ていきましょう。

※1……国立長寿医療研究センター公式サイト「補聴器は何歳から必要?」より

1.家族とのコミュニケーションを円滑にするために

会話の楽しさを取り戻す

聞こえにくさが進行すると、最も影響を受けるのが家族との日常会話です。「え?」「もう一度言って」という場面が増え、話す側も聞く側もストレスを感じるようになります。特に、お孫さんの高い声や早口は聞き取りにくく、せっかくの楽しい時間が台無しになってしまうことも珍しくありません。

補聴器を使用することで、これまで聞き逃していた家族の声や表情の変化をキャッチできるようになります。例えば、お孫さんが学校であった出来事を話してくれるとき、その興奮した声のトーンや細かいニュアンスまで聞き取れるようになれば、より深いコミュニケーションが可能になります。

誤解やトラブルの防止

聞こえにくさによって生じる誤解は、家族関係を悪化させることに繋がりかねません。大切な話を聞き逃したり、間違って理解してしまったりすることで、「話を聞いてくれない」「無視されている」と家族に思われてしまうケースもあります。

補聴器の使用により、このような誤解を未然に防ぐことができます。正確な情報のやり取りができることで、家族間の信頼関係も深まり、より良い関係を維持することが可能になります。

2.社会参加の機会を広げる

外出時の安心感を高める

聞こえにくさは、外出時の不安要素にもなります。後方から近づく車のクラクションや工事の音、踏切の警報音など、安全に関わる音を聞き逃すリスクがあるためです。また、駅のアナウンスや店員さんの声が聞き取れず、必要な情報を得られない場合もあります。

補聴器を装用することで、これらの環境音や情報をしっかりとキャッチできるようになり、外出時の安心感が大幅に向上します。特に現在の補聴器は、環境に応じて自動的に音の調整を行う機能(※自動環境認識機能:周囲の音環境を分析し、最適な音質設定に自動調整する機能)を備えているものも多く、さまざまな場面で快適に使用できます。

趣味や社交活動への参加

聞こえの問題により、これまで楽しんでいた趣味の会や地域の集まりから足が遠のいてしまう方も少なくありません。会話についていけない、質問されても聞き取れないという不安から、徐々に社会とのつながりが薄れてしまうのです。

補聴器の使用により、グループでの会話にも積極的に参加できるようになります。カラオケやダンス教室、地域のボランティア活動など、さまざまな場面で他の参加者との交流を楽しむことができ、生活の質(QOL:Quality of Life)の向上につながります。

3.安全な日常生活を送る

家庭内での事故防止

聞こえにくさは、家庭内での安全性にも影響を与えます。ガスコンロの点火音や沸騰音、インターホンや電話の着信音、さらには火災報知器の警報音など、日常生活で重要な音を聞き逃すリスクがあります。

現在の補聴器は、これらの生活音を適切に増幅し、必要な音をしっかりと届ける性能を備えています。特定の周波数(※Hz:音の高さを表す単位。数値が高いほど高い音を示す)の音を強調する機能もあり、重要な警告音を聞き逃すリスクを大幅に軽減できます。

運転時の安全性向上

自動車の運転においても、聞こえは重要な安全要素です。他の車のクラクション、緊急車両のサイレン、歩行者の声など、視覚だけでは捉えきれない情報を聴覚から得ることで、より安全な運転が可能になります。

ただし、補聴器を装用して運転する場合は、適切な調整が必要です。音が大きすぎると逆に運転に支障をきたす場合もあるため、運転時の使用について販売店でしっかりと相談することが大切です。

4.精神的な健康を維持する

孤独感や不安感の軽減

聞こえにくさが進行すると、周囲とのコミュニケーションが困難になり、孤独感や不安感を抱える方が多くなります。特に、大切な人との会話が成り立たなくなることで、社会から取り残されたような感覚を持ち、引きこもりがちになってしまうつ場合もあります。

補聴器の使用により、再び周囲とのつながりを感じられるようになり、精神的な安定につながります。一般社団法人日本補聴器工業会の調査によると、適切な補聴器の使用は、うつ症状の軽減にも効果があることが報告※2されています。

※2……一般社団法人日本補聴器工業会「JapanTrack2018調査報告」より。

自信と積極性の回復

聞こえの問題により、「相手の話を正しく理解できるだろうか」「的外れな返事をしてしまうのではないか」という不安から、会話に消極的になってしまう方も多くいらっしゃいます。このような状態が続くと、全体的に消極的な性格になってしまう場合もあります。

補聴器を適切に使用することで、会話への自信を取り戻し、以前のような積極的な姿勢を回復することができます。これは、本人だけでなく、周囲の家族にとっても大きな喜びとなります。

5.認知機能を維持・向上する

脳への刺激を維持する

近年の研究では、聞こえにくさと認知機能の低下に関連性があることが明らかになってきています。聞こえにくい状態が続くと、脳への音の刺激が減少し、聴覚を司る脳の部位の活動が低下する可能性があります。

補聴器を使用することで、適切な音の刺激を脳に送り続けることができ、認知機能の維持に寄与する可能性があります。これは「use it or lose it(使わなければ失う)」という考え方に基づいており、聴覚機能を積極的に使うことで、脳の健康維持につながると考えられています。

情報処理能力の向上

聞こえにくい状態では、限られた音の情報から内容を推測する必要があり、脳に大きな負担がかかります。この状態が続くと、疲労感や集中力の低下を招く場合があります。

補聴器により十分な音の情報を得ることで、脳の負担が軽減され、より効率的な情報処理が可能になります。結果として、日常生活での疲労感が軽減され、より活動的な生活を送ることができるようになります。

まとめ:補聴器は生活の質を向上させるパートナー

補聴器を使用する目的は、単に「聞こえを良くする」ことにとどまりません。家族とのより深いコミュニケーション、安全で安心な日常生活、社会参加の機会の拡大、精神的な健康の維持、そして認知機能の保持など、生活のさまざまな側面において重要な役割を果たします。

「まだ大丈夫」「もう少し様子を見てから」と考える気持ちも理解できますが、聞こえの問題は放置すると徐々に進行する可能性があります。早期の対応により、これまでの生活の質を維持し、さらに向上させることができるのです。

現在では、さまざまなタイプや機能の補聴器が開発されており、個人のライフスタイルや聞こえの程度に応じて最適なものを選択することが可能です。まずは補聴器販売店での相談から始めて、ご自身にとって最適な聞こえのサポートを見つけてください。

補聴器は、より豊かで充実した毎日を送るための大切なパートナーとなることでしょう。

執筆

聞こえと暮らし研究所 編集部

聞こえや難聴に関する正しい理解を広めるとともに、補聴器をはじめとする聴覚ケアの最新情報や、快適な聞こえを支える工夫を発信しています。日々の暮らしに寄り添う情報提供を通じて、聞こえに悩む方々の生活の質(QOL)向上に貢献していきます。

執筆協力

横井 孝治

介護アドバイザー。All About【介護】ガイド。
長期にわたる両親の介護を通して身につけた有益な介護情報を発信・共有するため、2006年に株式会社コミュニケーターを設立。2007年に介護家族や介護予備軍向けの情報サイト「親ケア.com」をオープン。800回を超える講演活動のほか、各種メディアにも数多く登場。YouTube「親ケア.com【公式】チャンネル」は、登録者数2.9万人以上。

監修

小島 敬史

現国立病院機構栃木医療センター耳鼻咽喉科医長。
全例で補聴器適合検査を行い、補聴器の処方についても自ら特性図・適合検査結果を確認、調整の指示を行っている。

【略歴】
2006年、慶應義塾大学医学部卒。臨床研修修了後、2008年より同大学耳鼻咽喉科学教室へ所属。日本耳鼻咽喉科学会専門医、指導医取得。耳科、聴覚を専門とし、臨床研究や基礎研究に従事する。2018年から2020年、米国ノースウェスタン大学耳鼻咽喉科頭頸部外科でポストドクトラルフェローとして先天性難聴の蛋白機能解析に関する基礎研究に従事。2013年慶応義塾大学病院耳鼻咽喉科で難聴・耳鳴外来を担当。宇都宮方式での補聴器処方を学ぶ。

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