「親がテレビの音を異常に大きくする」「何度も聞き返すから、ついイライラしてしまう」
親世代で見られる加齢性の難聴は、誰にでも起こり得る自然な変化です。しかし、「歳のせいだから仕方ない」と放置したり、家族が誤った対応をしたりすると、コミュニケーションのストレスだけでなく、心や脳の健康にも影響が及ぶことがあります。
この記事では、親の難聴に気づいたときの対応方法や、適切なサポートの仕方についてわかりやすくまとめました。
親の難聴への気付きはなぜ大切?

年齢を重ねると誰でも聴力が衰え、難聴が生じる可能性があります。しかし、その変化に家族が気づかなかったり、「年のせいだから仕方ない」と放置してしまったりすると、本人の心身に深刻な影響を与えることがあるので注意が必要です。
まず、聞こえが悪い状態が続くと、脳は聞こえづらい音を理解しようとして必要以上に働き続けるようになります。この負担はストレスとなり、他の脳の働きを弱めることが報告されています。さらに、会話が上手くできなくなることで人との交流が減ると、孤立して気分が落ち込みやすくなり、うつ病につながる可能性も大きくなります。こういった脳の負荷や社会的孤立は、結果として認知症の発症リスクを高める原因となります。
また、難聴は本人だけでなく家族の生活にも影響を及ぼします。聞き返しが増えることで会話のテンポが乱れたり、大きな声で話さざるを得なくなったりすると、お互いにストレスを感じやすくなります。「どうせ聞こえないから話しても仕方ない」と会話を避けるようになると、家族間のコミュニケーションが減り、結果的に生活の質全体が低下してしまいます。
こういった状況を抑えるために、周りの家族が早く難聴に気づいて適切な対応をすることが大切です。まずは耳鼻咽喉科で検査を受け、治療可能な病気であれば治療を受けましょう。そのうえで、必要であれば補聴器を装用することで、難聴の進行や脳への負担を軽減できます。
そのため、親の聞こえに「少し変かもしれない」と思った段階で気づき、家族が早めに行動してサポートすることが、将来の健康と生活の質を守るうえで重要なのです。
難聴に気づくためのチェックリスト

親御さんの難聴が少しでも気になる場合、まずは以下のチェックリストを使用して、日々の生活の中での変化を確認してみましょう。
以下の項目について、親御さんの様子に当てはまるものがないか確認してください。
- テレビの音量が大きいと言われる
- 受付などで呼びかけられても気づかないことがある
- 玄関のチャイムの音が聞こえづらい
- 会議や集会で声が聞き取りづらい
- 電話の声が聞きづらい
- お孫さんの声が聞きづらい
- 聞き間違いが多い
- 聞き返す回数が多く、気まずいことがある
一つでも当てはまる場合、難聴の可能性が考えられます。できるだけ早めに耳鼻咽喉科へ受診するようにしましょう。
難聴に気づいた時にしてはいけない対応

親御さんの聞こえに変化を感じたとき、良いと思って取った行動が、実は相手を追い詰めてしまうことがあります。また、イライラしてきつく対応してしまうと、関係が悪化し、今後のコミュニケーションにも大きな影響を与えてしまいます。ここでは、避けるべき対応とその理由についてお伝えします。
必要以上に大きな声で話す
聞こえづらい相手に大きな声で話そうとする気持ちは理解できますが、声を張り上げることが必ずしも良い方法とは限りません。難聴の種類によっては、大きな声がかえって音割れを引き起こしたり、さらに聞き取りにくく感じさせてしまうことがあります。
また、大きな声は怒鳴られているように受け取られやすく、「責められている」と感じさせてしまうこともあり、心理的な負担になる可能性もあります。
相手を責める
「なんで聞こえないの?」「ちゃんと聞いてよ」と責めるような言い方は避ける必要があります。難聴は本人の努力では改善できない身体の変化であり、責められることで「自分は迷惑をかけている」「もう話さないほうがいい」と感じ、無力感や自尊心の低下につながります。苛立ちを感じたときは、一度気持ちを落ち着かせて、冷静になってから話すことが大切です。

諦めて放置する
何度も聞き返すのが面倒になり、親御さんとの会話を諦めて放置してしまうことは、危険な行為です。
これは親御さんを深く傷つけ、孤立させてしまう原因になります。会話が減ると、疎外感が強まり、結果としてうつ病や認知症のリスクも高まってしまいます。コミュニケーションを避けるのではなく、話し方や環境を工夫しながら、関わりを続ける姿勢がとても大切です。
難聴で悩む人の適切な接し方

親御さんとの会話をスムーズにするためには、少しの工夫と思いやりがとても大切です。話し方や環境を工夫するだけで、コミュニケーションが取りやすくなります。ここでは、日常の中で意識できる接し方のポイントを紹介します。
ゆっくりはっきりとした声で話す
難聴のある方には、早口や曖昧な発音は聞き取りにくく感じられます。意識してゆっくり話し、一語一語をはっきり伝えるようにしましょう。

手振り・身振りなども使う
言葉だけに頼らず、手振りや身振りなどのジェスチャーを使うと、会話の内容が視覚的に伝わりやすくなります。相手の注意を引きやすく、話題の方向もわかりやすくなるため、理解がスムーズになります。
正面から話しかける
会話をするときは、必ず親御さんの正面に立つか座るようにしましょう。横や後ろから話しかけると声が届きにくいだけでなく、口の動きも見えません。正面から話すことで、口の形や表情がヒントとなり、聞き取りを助けることができます。

聞き取りやすい言葉を選ぶ
音が似ている言葉は聞き間違いが起こりやすいため、言い換えや確認を意識しましょう。たとえば、「7(しち)」は「なな」と言い換えると「1(いち)」や「4(し)」との誤解を避けられます。大切な言葉や固有名詞はメモに書いて見せたり、別の表現で言い直したりすると、より確実に伝わります。
周囲の環境を静かにする
難聴のある方にとっては、背景の雑音が大きな障害になります。会話をするときは、できるだけ静かな場所に移動したり、テレビやラジオの音を消したりして、周囲の音を減らすことを心がけましょう。周りの余計な音が少なくなるだけで、より会話が聞き取りやすくなります。
親への補聴器の勧め方

難聴が進んでくると、日常生活での不便さが増え、生活の質(QOL)にも大きく影響します。補聴器はその不便さを和らげるための重要な道具ですが、「恥ずかしい」「まだ必要ない」「値段が高い」といった理由で拒否してしまう方は少なくありません。だからこそ、家族が寄り添いながら、優しく背中を押してあげることがとても大切です。
補聴器に対するイメージを変える
まず伝えるべきは、補聴器は恥ずかしいものでも特別なものでもなく、メガネと同じように日常生活を支える道具だということです。聴力の低下は誰にでも起こる自然な変化であり、40代から徐々に始まり、75歳以上では約半数の人が難聴で悩んでいます。「あなただけではなく、誰にでも起こることなんだよ」と安心させることが第一歩です。

補聴器は脳のトレーニングであることも伝える
補聴器を使う目的は、単に音を聞き取りやすくするだけではなく、脳に音の刺激を送り、言葉を聞き取る力を維持することでもあります。難聴を放置すると脳が音を忘れてしまい、補聴器をつけても言葉が理解しづらくなる場合があります。そのため、早く使い始めるほど効果が出やすいといった事実を、前向きに伝えることが大切です。
周りとの生活にも影響することを説明する
難聴は本人だけでなく、家族のコミュニケーションにも影響します。補聴器を使うことで会話がスムーズになり、お互いのストレスも軽くなるはずです。「補聴器があれば、もっと気持ちよく話ができて、家族みんなが楽しく過ごせるよ」と、具体的な良い未来を描いてあげると受け入れやすくなります。

高額な購入の前に試聴を勧める
最初から高額な補聴器を提案すると抵抗を感じやすいので、まずは試聴体験をすすめましょう。耳鼻咽喉科で相談したり、補聴器店で無料試聴ができることを伝えると、「少し試してみようかな」という気持ちになりやすくなります。「まずは無料で試せるものがあるから、一度一緒に行ってみよう」と気軽に誘うことが効果的です。
親の難聴に気づいたら専門家に相談を

親御さんの聞こえに変化を感じたら、専門家へ相談することが重要です。自己判断で様子を見るのではなく、早めに専門的な診察を受けることで、原因の特定や今後の対応が大きく変わる可能性があります。
まずは、耳鼻咽喉科を受診し、耳の状態を調べてもらいましょう。難聴には治療で改善するものと、補聴器でサポートが必要なものがあり、医師による診断がその判断の基準になります。「年齢のせい」と決めつけず、医学的にどのタイプの難聴なのか確認することで、適切な対処につながります。
また、補聴器が必要な可能性がある場合には、「補聴器相談医」に相談することがおすすめです。補聴器相談医は医学的な診断を踏まえ、補聴器の必要性や使い始めるタイミングなど、より具体的なアドバイスをしてくれます。
さらに、重度の難聴で補聴器が医学的に必要と診断された場合、補聴器の購入費用が医療費控除の対象になることがあります。この判断には補聴器相談医の診療情報提供書が必須になるため、専門医に相談することは経済的な面でも大きな意味があるのです。
親御さんの聞こえに変化を感じたら、早めに専門家へつなげることが、安心できる生活や将来の健康を守るための第一歩になります。
まとめ:親の聞こえを守ることは、家族のつながりを守ること

親の難聴は「齢だから仕方ない」と見過ごされがちですが、放置すると本人だけでなく家族全体の生活に影響します。聞き返しやテレビの大音量といった小さな変化は、サインとして受け止め、早い段階で耳鼻咽喉科の受診や相談につなげることが大切です。
正しい接し方やコミュニケーションの工夫、補聴器の活用によって、聞こえの負担を減らし、日常生活が大きく改善する可能性があります。家族が寄り添いながらサポートすることで、親御さんの自信や社会とのつながりを守ることにもつながります。
気づいたタイミングこそ行動のチャンスです。今できることから始めて、家族みんなが安心して過ごせる未来をつくりましょう。
執筆
聞こえと暮らし研究所 編集部
聞こえや難聴に関する正しい理解を広めるとともに、補聴器をはじめとする聴覚ケアの最新情報や、快適な聞こえを支える工夫を発信しています。日々の暮らしに寄り添う情報提供を通じて、聞こえに悩む方々の生活の質(QOL)向上に貢献していきます。
監修
小島 敬史
現国立病院機構栃木医療センター耳鼻咽喉科医長。
全例で補聴器適合検査を行い、補聴器の処方についても自ら特性図・適合検査結果を確認、調整の指示を行っている。
【略歴】
2006年、慶應義塾大学医学部卒。臨床研修修了後、2008年より同大学耳鼻咽喉科学教室へ所属。日本耳鼻咽喉科学会専門医、指導医取得。耳科、聴覚を専門とし、臨床研究や基礎研究に従事する。2018年から2020年、米国ノースウェスタン大学耳鼻咽喉科頭頸部外科でポストドクトラルフェローとして先天性難聴の蛋白機能解析に関する基礎研究に従事。2013年慶応義塾大学病院耳鼻咽喉科で難聴・耳鳴外来を担当。宇都宮方式での補聴器処方を学ぶ。