「最近、会話が伝わりづらい」「親の反応が遅くなった気がする」
そんな変化に気づいたら、加齢による難聴が始まっているサインかもしれません。
難聴は単なる“耳の問題”ではなく、コミュニケーションのしづらさ、外出機会の減少、さらには心の変化や安全面にも影響する、暮らし全体に関わる変化です。しかし、難聴の仕組みや起こり方、日常生活に現れる兆候を知ることで、早いうちに対策を始められます。
この記事では、「難聴とは何か?」という基礎知識から、放置した場合の影響までわかりやすく解説します。「年齢のせいだから仕方ない」と済ませる前に、まずは正しい知識を持つところから始めましょう。
難聴を「年のせい」で片付けていませんか?

難聴は加齢とともに避けて通れない変化の一つであり、多くの人が「老化現象だから仕方がない」と諦めてしまいがちです。しかし、聞こえづらい状態をそのままにしておくと、心や体の健康、ご家族との関係、そして日常生活の安全にまで影響が出ることがあります。
難聴に対する適切な対応は、本人の生活の質(QOL)を保つだけでなく、家族の負担を軽減し、より豊かなコミュニケーションを維持するために不可欠です。本人・家族ともに「年のせい」で片付けず、正しい知識を持って向き合うことが求められます。
難聴で見られる日常生活の変化

加齢による難聴の多くは感音難聴といい、音は聞こえていても言葉の意味を正しく聞き分ける力が落ちることが大きな特徴です。そのため、日常生活では「言っている内容がよくわからない」「人が集まっている中で呼ばれても気づかない」といった困りごとが増えていきます。ここでは、その代表的な変化について説明します。
高い音が聞こえにくくなる
加齢性の難聴で最初に現れやすいのは、高い音から聞き取りにくくなる変化です。高周波の音の聞き取りが先に弱まりやすく、電話のベルやインターホンなどの電子音が聞こえづらくなります。
その結果、家族の呼びかけに気づかなかったり、生活の中で必要な合図を聞き逃してしまったりすることが増えていきます。また、日本語の「サ」行や「タ」行など高音域の子音が不明瞭になり、「広い」を「白い」、「一時」を「七時」 と聞き間違えるなど、言葉の識別が難しくなります。
言葉の聞き分けが難しくなる
音は聞こえているのに内容がよく理解できない状態は、感音難聴に特有のものです。静かな場所では会話できても、喫茶店や病院の待合室、家族が集まる部屋のように周りに音が多い環境になると、相手の言葉だけを拾うのが極端に難しくなります。
そのため、「え?」「もう一度言って」が増え、会話の流れについていけなくなることもあります。会話のテンポが乱れることで、話に参加すること自体を諦めてしまう人も少なくありません。

雑音の中から聞きたい音を選び出せなくなる
難聴が進行すると、脳が周囲の雑音を抑えて必要な音だけを選び出す力も弱くなります。複数人の集まりで周りの音ばかりに意識が向いてしまい、聞きたい会話に集中しにくくなることが増えます。また、屋外だと車の接近音や自転車のベル、警告音など、危険を知らせる音が雑音に紛れて気づきにくくなり、日常生活の安全に影響が出る場面もあります。周囲の音が多い場面で状況を判断しづらくなるため、不安やストレスを感じる機会が増え、家から出歩かなくなったり、他の人と話さなくなったりすることにもつながります。
難聴を放置するとどうなる?

難聴をそのままにしていると、聞こえにくい状態が日常にさまざまな悪影響を与え、心身の健康を損ねる可能性が高まります。ここでは、起こりやすい変化をわかりやすく紹介します。
コミュニケーションが上手くいかない
耳が聞き取りにくい状態が続くと、会話で何度も聞き返す場面が増え、家族や友人に負担をかけてしまいます。相手から「また聞き返された」「大声で話すのが大変」と感じられることも増え、本人も「スムーズに聞き取れない」「迷惑をかけている」と落ち込むようになります。その結果、会話に自信がなくなり、人と話すこと自体がストレスとなっていきます。
社会生活に影響が出る
会話が上手くいかない体験が重なると、人が集まる場所が次第に苦痛に感じられるようになります。友人との食事や趣味の集まり、地域のイベント、冠婚葬祭などへの参加を控えるようになり、誘いを断り引きこもりがちになることも増えていきます。こうした行動の変化は社会的なつながりを弱め、生活の楽しさや刺激を失わせる原因となるのです。

危険を察知できなくなる
聞こえづらさが進むと、生活の中で重要な警告音に気づけない場面も増えてきます。火災報知器や緊急地震速報の音、車のクラクション、後ろから近づく自転車のベルなどが聞き取りにくくなり、事故やケガにつながる危険が高まります。これらの音は命を守る重要なサインであり、安全面にも直結するため、極めて注意が必要です。

認知症になりやすくなる
近年の研究では、難聴をそのままにしておくと、認知症のリスクが高くなる可能性があることがわかってきました。難聴のある方は、聞こえづらい音を理解しようとして脳が常に負担を抱え、他の脳の機能に回すエネルギーが不足しやすくなります。この状態が続くと、脳全体の働きが弱まりやすくなると考えられています。
さらに、難聴が原因で交流の機会が減ると、脳が言葉・記憶・感情など、多くの高度な働きを使う場面が少なくなり、その結果として認知症リスクがさらに高まるとされています。
世界的な報告では、もし難聴による影響がなくなれば、認知症の患者数をおよそ8%減らせる可能性があるというデータも示されています。つまり、難聴への早めの対処は、聞こえを守るだけでなく、認知症予防にもつながる大切な行動といえるでしょう。

うつ病の発症リスクが上がる
難聴の影響で人との関わりが減り、ひとりで過ごす時間が増えると、孤独感や不安を抱えやすくなり、心の状態にも影響が出てしまいます。実際に、難聴を持つ方は、聞こえに問題がない人に比べてうつ病の発症リスクが高いことが研究で明らかになっています。
つまり、難聴は聞こえだけの問題ではなく、心の健康にも深く関わるものです。早めに気づき、適切に向き合うことが、心身の健康を守るための大切な一歩になります。
難聴に気づいた場合の対応

難聴を放置すると心身に大きな影響を与えるため、気づいた段階で早く行動することが重要です。早期に対処することで、聞こえの低下を抑え、生活上のリスクを回避しやすくなります。
早めに耳鼻咽喉科を受診する
聞こえに違和感を覚えたら、まずは耳鼻咽喉科で診察と聴力検査を受けることが優先です。難聴の原因は加齢だけとは限らず、慢性中耳炎や滲出性中耳炎など、治療すれば改善する病気が隠れている場合もあります。早い段階で医師に判断してもらうことで、薬による治療や手術、あるいは補聴器の導入など、必要な対応にスムーズにつなげられます。

補聴器の使用を検討する
加齢が原因で治療が難しいタイプの感音難聴と診断された場合には、補聴器の使用を検討することが生活の質を保つ上で有効です。医師の指示のもと補聴器を使い始めると、脳が音の刺激を受け続けることができ、言葉を聞き取る力の低下を防げる場合があります。補聴器によって聞こえが補われることで、会話への参加しやすさが戻り、社会とのつながりを維持しやすくなり、認知機能低下を防ぎます。

家族や優しい声掛けを心がける
難聴を持つ本人が孤立したり自信を失ったりしないようにするためには、家族の思いやりある接し方が欠かせません。話しかけるときは、ゆっくり・はっきり・滑舌のいい話し方を意識すると伝わりやすくなります。
また、正面を向いて口元が見えるように話したり、できるだけ静かな環境で会話したりすると、聞き取りの負担が軽くなります。聞き返されてもイライラせず、落ち着いてもう一度伝える姿勢が、本人の安心感と意欲につながります。
日常生活でできる難聴の予防方法

加齢による難聴を完全に防ぐことはできませんが、耳の働きをできるだけ良い状態に保ち、進行をゆるやかにするために日常生活で実践できる対策はたくさんあります。ここでは、特に効果的な取り組みを紹介します。
大きな音から耳を守る
難聴を予防するうえで、まず大切なのが「耳に強い音を浴びせないこと」です。大きな音を長時間聞き続けると、耳の細胞がダメージを受けて回復しにくくなり、聞こえの低下につながってしまいます。
・音量管理を徹底する
テレビや音楽は、必要以上に大きな音にしないよう心がけましょう。特にイヤホンやヘッドホンは耳の奥まで音が届くため負担が大きくなりがちです。音量を控えめにし、長時間連続で使わず、休憩を挟みながら使うことで耳へのダメージを防げます。

・騒音環境を避ける
工事現場や工場など、音が非常に大きい場所には、なるべく長くとどまらないことが重要です。仕事などでどうしてもその場にいる必要がある場合は、耳栓やイヤーマフを使って耳を守りましょう。
生活習慣を見直す
耳の働きは、酸素や栄養を運ぶ血流によって支えられています。そのため、体全体の健康を整えることが、結果的に耳の健康維持にもつながる場合があります。
・バランスの良い食生活を心がける
1日3食の食事を規則正しく摂りながら、野菜、果物、青魚、ナッツ類など、抗酸化作用(細胞の老化を防ぐ作用)のある食品も意識して取り入れましょう。

・適度な運動習慣と十分な睡眠を確保する
ウォーキングや軽い体操など、無理のない運動は血流をよくし、耳に必要な栄養をしっかり届ける助けになります。また、睡眠不足やストレスの蓄積は耳の働きにも悪影響を与えます。規則正しい生活リズムを心がけ、十分に休息をとることが重要です。

・禁煙する
タバコの成分は血管を縮め、耳への血流を悪くするため、難聴のリスクを高めます。禁煙は耳の健康を守るうえで高い効果があり、できるだけ早く取り組むことが推奨されます。
まとめ:聞こえの変化に気づいた今が、未来を変えるタイミング

難聴は年齢とともに誰にでも起こりうる変化ですが、放置するとコミュニケーションの困難や社会参加の減少、さらには認知症やうつ病など心身の健康にも影響を及ぼします。聞こえにくさを感じたときは「仕方がない」と思わず、まず耳鼻咽喉科で状態を確認することが大切です。
補聴器や生活の工夫、適切なサポートを取り入れることで、聞こえの負担を減らし、日常生活の安心と自信を取り戻せる可能性があります。また、早めの対策で、聞こえの低下を緩やかにし、将来の生活の質(QOL)を守ることにもつながります。
もし気になるサインがあれば、今日からできる対策を始めましょう。
執筆
聞こえと暮らし研究所 編集部
聞こえや難聴に関する正しい理解を広めるとともに、補聴器をはじめとする聴覚ケアの最新情報や、快適な聞こえを支える工夫を発信しています。日々の暮らしに寄り添う情報提供を通じて、聞こえに悩む方々の生活の質(QOL)向上に貢献していきます。
監修
小島 敬史
現国立病院機構栃木医療センター耳鼻咽喉科医長。
全例で補聴器適合検査を行い、補聴器の処方についても自ら特性図・適合検査結果を確認、調整の指示を行っている。
【略歴】
2006年、慶應義塾大学医学部卒。臨床研修修了後、2008年より同大学耳鼻咽喉科学教室へ所属。日本耳鼻咽喉科学会専門医、指導医取得。耳科、聴覚を専門とし、臨床研究や基礎研究に従事する。2018年から2020年、米国ノースウェスタン大学耳鼻咽喉科頭頸部外科でポストドクトラルフェローとして先天性難聴の蛋白機能解析に関する基礎研究に従事。2013年慶応義塾大学病院耳鼻咽喉科で難聴・耳鳴外来を担当。宇都宮方式での補聴器処方を学ぶ。